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   <title>ぶら下がり人生</title>
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   <title>国連の考え方　4</title>
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   <published>2012-01-19T05:14:26Z</published>
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      実際の活動という点では、今日の国連専門機関につながる、多くの問題ごとの国際機構が設立され・・・


情報の加盟国への提供、加盟国の行動を規律する活動、経済社会分野の問題に対する直接的取り組み等において目ざましい記録を残しました。


そして、国際公務員制度の確立については・・・


第一次大戦以前から国際公務員の先駆的存在が生まれるに至っていました。


しかし、真の意味での国際公務員制度が確立したのは、連盟になってからのことです。


規約は、事務局については第6条の規定をおいただけで、むしろ実際の必要に応じて随時発展させていくという考え方をとっていたとされます。


その中でとくに配慮されたのは、これら公務員の連盟への忠誠を確保し、出身国への感情を切り離すということでした。


その結果、1932年以後は、事務局員全員が「連盟の利益のみを考慮し、自国政府その他の当局から指示を求めまたは受け取らないで」自己の行動を規律する旨、誓約することとなりました。



      
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   <title>国連の考え方　3</title>
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   <published>2011-12-19T05:13:53Z</published>
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      国際社会が特定の国家に対して制裁行動をとる決意を示した最初のケースであり、その歴史的な意義は大きいものがあります。


このとき、イタリアに対してとることが決まった制裁措置の内容は、武器輸出禁止、借款提供禁止、イタリアからの輸入の禁止、イタリアに対する輸出の規制(ただし、石油、石炭、鋼鉄等は除外)の4つでした。


もっとも、連盟の大国で、制裁措置を実効あるものとするためには率先して行動すべき立場にあったイギリスとフランスが曖昧な態度をとり続けたこともあって、せっかくの歴史的な意義を持つ連盟の制裁行動は、結果的には無惨な失敗に終ってしまいました。


そして、経済社会分野での国際協力について。


国際機構の歴史的発展という観点から振り返るとき、連盟の活動は、当初予定された政治分野ではなく、経済社会分野での国際協力でむしろ評価されることになりました。


規約の中からこの分野に関して定めた規定を探すと、第23条しかありません。


当然のことながら、この規定に盛り込まれた内容も、国際連合の関連規定とは比べものにならないほど簡単極まるものでしかありませんでした。


      
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   <title>国連の考え方　2</title>
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   <published>2011-11-19T05:13:19Z</published>
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      もう一つの挫折例として考えておきたいのは、1934年12月に発生したイタリア・エチオピア事件です。


イタリアのエチオピア侵略に対し、エチオピアは、中国がそうしたように、規約第11条に基づいて理事会の開催を求めました。


ところが、イギリスとフランスは、イタリアとの関係を配慮して動きが鈍く、有効な措置がとれませんでした。


連盟の軟弱な対応もあって、イタリアはますます公然とした侵略に走りました。


ただし、この挫折例に関しては、のちの国連が武力による制裁をとる前に非軍事的な措置をとる仕組みを組み込む点で貴重な先例となったことを踏まえておきましょう。


つまり、イタリアによるエチオピア侵入から1年近くあとになって連盟理事会は、「イタリア政府は、規約第12条(紛争の平和的解決)に基づく制約を無視して戦争に訴えた」とする委員会報告を承認(1935年10月)し・・・


理事会議長は、第16条(制裁)に基づく義務はすべての加盟国に課せられていると述べ、イタリアに対する経済制裁措置を発動する用意があることを示しました。


そして総会は、その議長の立場を支持しました。



      
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   <title>国連の考え方</title>
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   <published>2011-10-19T04:12:41Z</published>
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   <summary>日本軍国主義による国際法違反・国際秩序破壊という行動に対する反省が、一方では被害...</summary>
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      日本軍国主義による国際法違反・国際秩序破壊という行動に対する反省が、一方では被害者ともいうべき国際社会としてやむを得ず武力で秩序を最終的に守る道を考えることにつながりました。


そして、他方では加害者であった日本はその反省に立って国際紛争を武力に訴えて解決する道を自ら封じることにつながっていったということです。


そういう国連の考え方と日本憲法の考え方は、根本において一致するもの・・・


いわば同じ根っこから出ていることを正確に踏まえておくことが必要です。


国連が武力をともなう行動をとる際に、日本がそれに参加しないのは、自らの過去に対する反省に立つからであって、決して逃げ回るということではないのです。


もっといえば、過去に対する反省を尽くしていない日本が国連協力という名目で国際的な武力行使に参加しようとすることに対して、近隣諸国は不安を感じざるを得ない事情があるからこそ・・・


私たちは自らを厳しく律する必要が他の国以上に求められざるを得ないということです。


      
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   <title>危機は集団を強くする　3</title>
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   <published>2011-09-25T02:33:42Z</published>
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      組革研で私は、


「他のチームに勝ちたければ、自分たちの研究成果やアイデアをどんどん教えてしまえ」


・・・と、冗談半分でよく口にしています。


助けは、その願いに反して、相手に人間力を発揮させないという結果をもたらします。


お金を与えることも、えさを与えることも、答や知識を与えることも、すべて同じです。


「うまくいっている、いないは、実態ではなく、認識である」


・・・と言われています。


したがってリーダーは、問題が起きたら幸いとばかりに捉えて、その問題を大きくすることです。


うまくいっていないということが、みんなに認識しやすくなるからです。


      
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   <title>危機は集団を強くする　2</title>
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   <published>2011-08-25T02:32:49Z</published>
   <updated>2011-09-09T20:15:09Z</updated>
   
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      それによって、さらにいっそうその発想とすべを我がものにしていま、1987年秋からはじまった新・円高時代と言われる対ドル120円台を迎えているわけです。


1988年2月末のNHKテレビは、日本企業の生き残り戦略を紹介し、円高が、技術開発を加速し、体力をつける方向に働いている様子を紹介していました。


その中である大企業のトップが、


「5パーセントのコストダウンなら改善で凌げる余地は残るが、30パーセントとか50パーセントともなれば、発想を元から変えなくてはならない」


・・・と言っていたのが印象的でした。


状況が発想転換を強制しているのです。


このままいくと、円高がますます日本経済の競争力を強めて、円高が円高を誘発するという悪循環さえ懸念されるほどです。


この反対の助けは、集団を弱体化していくほうに作用します。


数年前の米国の農業政策の転換は、それまでの保護から市場原理の導入へのものでした。


70パーセントが学卒だという農業経営者に革新を促すための保護政策という助けが、革新どころか、逆にそれを妨げて、農業力を弱体化してしまったという認識のもとに行われたのでした。


      
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   <title>危機は集団を強くする</title>
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   <published>2011-07-25T02:31:54Z</published>
   <updated>2011-07-25T20:15:10Z</updated>
   
   <summary>うまくいかないから、うまくいくのです。 ・・・このことは、ことを拡大して考えると...</summary>
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      うまくいかないから、うまくいくのです。


・・・このことは、ことを拡大して考えるとすぐわかります。


いわゆる危機的状況がそれです。


助けは集団を弱くしますが、危機は集団を強くし、革新を促すのです。


この例にはこと欠かないでしょう。


石油ショックによって危機に立った日本経済が、こんなに強くなるとは、当時誰に予測できたでしょうか。


1973年の第一次に際しての米国のテレビニュースは、煙突が林立する日本の工場群を写し出して、


「これによって日本経済は・・・」


と、あたかも日本の終焉かと思わせるような言葉を流していたそうです。


そしていま、円高です。


相次ぐ石油ショックを乗りきったことによって、日本の経済は、危機によって体質を強める発想とすべをものにしてしまったのでしょうか。


1985年にはじまった円高ショックも、その時どきでは極限とも思われる企業人の努力によって、瞬時に吸収し、乗りきってしまいました。


      
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   <title>問題を怖れないこと　2</title>
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   <published>2011-06-25T02:30:58Z</published>
   <updated>2011-06-30T20:15:07Z</updated>
   
   <summary>あっと気がついたときには、すでにかなりの重症になっていたりするものです。 ・・・...</summary>
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      あっと気がついたときには、すでにかなりの重症になっていたりするものです。


・・・ということは、うまくいっている、いっていないは、認識の問題であって、実態ではないということです。


そう考えると、うまくいっているときへの対応の手がかりもわかります。


その簡単な手立ては、部下の、とくに仕事の先端の部下の実態を、自分の目でじかに見て回ることです。


必ずといっていいほど、乱れや、うまくいっていないと見える事がら、あるいは意外な事実に出会えるに違いないでしょう。


もっと本格的には、状況を自分に都合よく見ないことですが、それは言うべくしてむずかしいですね。


そこで第ニに、同じ状況をうまくないと感じるような新しい物指しを用意すること・・・


つまり、より挑戦的な目標や課題を掲げること、そして第3に、小さな問題を見つけて大きくしてみることです。


要は、少しうまくいっていない状態、あるいはままならない問題を抱えている状態がいちぼん都合がよく、やりやすいということです。


組革研で私は、ブロックあるいはチームでトラブルが起きると、そこに関してはまず一安心ということになります。


毎回のことですが、そのようなブロックやチームは、必ずといっていいほど、後のち素晴らしくなっています。


      
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   <title>問題を怖れないこと</title>
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   <published>2011-05-25T02:30:07Z</published>
   <updated>2011-05-25T20:15:10Z</updated>
   
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      「人を道具として」の下では、考えた通りにいっていないことを恐れ、それに過敏に反応して、起こった問題そのものに対応していきます。


「人を人として」の下では、それを変化した状況として受け入れ、その状況に対応していくのです。


革新の発想は多くの場合、うまくいかないときに起きています。


うまくいっていないからこそ、それを何とかせねばとなって、人間力がより発揮されざるをえなくなるからです。


・・・ということは、うまくいっている時のほうが怖いということです。


やがてうまくいかなくなることを約束しているようなものだからです。


もっと怖いのは、うまくいっていないのに、うまくいっていると思い込んでいることです。


問題があるのに、それを見ることができず、問題を捉えられないでいる状態です。


これは案外に多いのではないでしょうか。


      
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   <title>活用の許される限度は</title>
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   <published>2011-04-14T02:59:57Z</published>
   <updated>2011-04-14T20:15:09Z</updated>
   
   <summary>ここでは花 種など自然の利用がどの程度可能であるか、どれほど一時的には経済効率が...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://echoicemi.net/">
      <![CDATA[ここでは<a href="http://www.rakuten.co.jp/auc-e-seedlings/" target="_blank">花 種</a>など自然の利用がどの程度可能であるか、どれほど一時的には経済効率があがっても、長い目でみてここは残すべきである、現状利用のままで自然凍結すべきである・・・


などという具合に、潜在自然植生図その他の科学的な調査結果をふまえて、総合的に判断が可能なはずです。


既存の限られた資料を用いて机上で利用サイドからのみ即断することは、もっとも間違いをひきおこしやすいのです。


現場に行き、自分の身体を通して十分に踏査して、自然と人間の共存関係を前提にして、自然の活用とその程度・限度を具体的に将来にむかって適切に判断する力を、すべての計画者・実施者が養うことが強く期待されます。


自然の利用で心すべきは、相手がものをいわない、すぐには反応を示さないということです。


そのため、対象物件の特性・要求に応じた判断というより、その時の勢いや経済的な利害、あるいは政治力・住民の声などによって一方的に判断される場合が多いのです。


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   <title>豊かな自然を次代に引き継ぐために</title>
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   <published>2011-03-11T03:59:03Z</published>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://echoicemi.net/">
      <![CDATA[道路一本作る場合であっても、牛馬によって木材を山の奥から運び出していた時代の牛馬道と、今日のスーパー林道に代表されるようにいわゆる多目的・広域的な林道の建設とは、規模においても質的にみても全く異なっています。


繰り返えしになりますが、自然の活用はその土地の潜在能力を維持しうる範囲で行なわなければなりません。


<a href="http://www.rakuten.ne.jp/gold/auc-e-seedlings/pentakeep/pentakeepsyoukai.html" target="_blank">ペンタキープ</a>などガーデニングが趣味の人はわかりますよね。


どこまでその場所の自然が人間によって利用出来るか、どこで利用を制限し、逆に保全・保護すべきかの判断が求められているのでありますが・・・


その難しさはちょうど人事管理の困難さに似ているかもしれません。


人事管理をする場合、現在の職場がそのままその人の将来の職場として最適であるかどうかという、管理者にとってきわめて難しい、厳しい判断をせまられます。


同様に、物言わぬ、しかもなかなか本性を見せない植物や自然、つまりさまざまな人聞の影響下に変えられている代償植生や文化景観域内にある自然の活用の限度・・・


これを厳密に把握することにはかなりの困難をともなうことは事実です。


基本的には、その土地あるいは自然を保護・利用しようとする計画者・責任者が現地を十分に踏査し、その土地の地形・地質・植物・動物、さらに自然環境全体を総合的に現場で判断すべきです。

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   <title>自然との共存　2</title>
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      どんなに効率的・経済的に考えられても、林業経営あるいは山林業においては、尾根筋・急斜面・谷すじなどの人間の干渉に敏感な弱い自然は出来るだけ自然のシステムを破らない・・・


つまり、さわらないで手を入れるのをがまんしなければ維持できません。


これは森林だけではありません。


その土地本来の自然植生、例えば尾瀬ヶ原のミズゴケ湿原や海岸砂浜のコウボウムギ、ハマニンニクの海岸植生など、あるいはバージン・フォレストといわれるような自然度の高い樹林は、人間サイドから見ればもう少し伐採したり手入れしたり、あるいはもうちょっと抜きとって配置したいなどと考えることがあるかもしれません。


・・・しかし、海岸の砂浜や断崖の植物群落から高山のお花畑群落に至るまで、その土地本来の自然植生・自然湿原・自然草原・自然林は、まちがいなく持続させようとするならば無理な利用・管理をしない、手を入れるのをがまんしなくてはならない自然です。


私たちは限られた国土を有効に利用するために、またまちがいなく利用するために、自然の活用の仕方をたえず考えてきました。


人間の影響が自然のシステム、バランスをくずすほど大きくない時代ならばともかく、現代のように巨大な機械・器具を使って自然への干渉を行う場合には慎重すぎるということはありません。



      
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   <title>自然との共存</title>
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      開放景観と接するところでは密生した低木・草本によるマント群落・ソデ群落がふちどっています。


つまり、固有の林縁群落に囲まれたような状態であれば、小面積の樹林でも十分持続するのです。


このような自然林は一見、人間サイドから見れば非常にこみあってむさ苦しく見え、夏は蒸し暑いのではないかと思われます。


そこで、善意から下草刈り・ツル打ち、あるいは伐採・前刀定などが行なわれます。


視覚的な美しさを出すためのひかえめな管理は許されます。


・・・しかし、たとえ善意であって、林縁植物を除去し、下草を定期的に刈りとってしまえば、かつてヨーロッパで林内に家畜を放牧して、すべての森林が荒廃して荒野景観を形成したように、その森林も荒廃することを知るべきです。


      
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   <title>生産すること</title>
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      <![CDATA[外化され物化されたものの壮大な体系ができあがってゆく過程は、人間の労働の世界がその豊かさを失い、その中味のすべてを、物化されたものの側に移行させてゆく過程でした。


<a href="http://openstandia.jp/services/opensso/index.html" target="_blank">OpenSSO</a>のような労働の中にあった、人間が道具を手にして対象にいどんでゆくという活動の様式。


これは、外化されたものの総体を所有しあるいは道具として使いうる人間の活動と、外化されたものの総体にその機能を発揮させるために仕える人間の活動とに、はっきり分離しました。


後者の領域では労働はますますその内容を失って貧しくなっていきます。


そこで失われたものは単に自然に対する対象的働きかけや、人間の労働をとおしての社会的つながりだけではありません。


何よりも失われたものは、《自分の腕をたずさえてそこを立ち去る》ことのできる職人の自由なのです。


立ち去ることの可能性が職人の主人に対する「自由」のための武器になりえたのは、立ち去られることへのおそれが主人の側にあったからです。


工程の能力の大部分が職人のものであってはじめてそれは可能でした。


工程の能力の大部分が装置の側にあり、装置は主人の「所有」である条件の下では、関係は全く逆転します。


労働者は装置とつながりをもつことではじめて「生産」できるのです。

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   <title>中国の政治と経済　9</title>
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   <summary>なぜなら、頭をもたげたアメリカは単に警察官としてだけとどまるのではなく、必ず中国...</summary>
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      なぜなら、頭をもたげたアメリカは単に警察官としてだけとどまるのではなく、必ず中国の政治体制やイデオロギーに干渉してくる可能性が強いと、中国は受け止めているからです。


時事雑誌『瞭望』が掲載した中国現代国際関係研究所の周紀栄氏の論文は、この点を次のように踏み込んでいます。


「アメリカの指導の下、西側工業国は政治的には&quot;民主・自由・人権&quot;の旗印を掲げ、経済的には私有制や市場経済を推し進あ社会主義を根本から変えようと謀り、西側先進国による&quot;自由新世界&quot;に天下統一を果たそうとするだろう」。


李鵬首相は、NHKのインタビューにこう述べています。


「新秩序のかなめは、すべての国が大小・強弱・貧富の別を問わず国際社会の平等な構成員でなければならないということです。


中国は、平和共存5原則の基礎の上に新秩序を打ち立てることを主張します。


国際問題は平等に参加して話し合いで解決すべきで、ひとつ、またはひと握りの大国の独り舞台は許されません」。


ポスト冷戦、ポスト湾岸戦争後の中国外交のこの基本方針は、この後、中国指導者が外国要人と会見するたびに繰り返されています。


李鵬首相は、さらに5月初めに訪中した日本の政治家との会談で


「中国には『只許州官放火、不許百姓点灯』(州知事は放火してもいいが、庶民はローソクを灯すことも許されない)という言葉があります」とまで語りました。


ポスト冷戦体制の下での「アメリカ1極支配」「新覇権主義の台頭」への強い警戒を示しています。


      
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